2月24日 岩手県立中央病院 医療講演会全編公開

2022年2月24日(木)にZoom開催された岩手県立中央病院 地域医療支援病院・地域医療研修センター医療講演会「これが過疎地の地域医療持続最適解。」において、AP TECH株式会社代表取締役大西一朗が講演しました。今回は全編の動画紹介と合わせて主要な内容をご紹介します。

〜県内医療DXの先例から未来の医療イメージを作りたい〜

私が本日も診療応援に行ってきた安代町は人口5600名、そこそこ人口は多いのに担当医師は診療応援1人しかいない、という状況です。みなさんもご存知の県内医師充足率は国内でもワースト2です。盛岡にいると忘れがちですが、県内にはそのような地域の方が実は多いのです。そして、我々はそのような地域でも私達は医療を提供していく必要があります。

働き方改革の波もあり、「働き手が多くない中でも十分な医療、成果が与えられる改革が必要である」という国の方向性があり、ICTも大きな解決法であると思われます。しかし方法はまだ確立されておらず、まだまだ手探り状態であります。

そんな中、前任の望月泉前院長より、ご近所の八幡平市での取り組みを聞きまして、大西さんをご紹介頂きました。未来の医療の形を既に少しでも、半歩でも進めているという形で、今後参考にできると非常にできると嬉しく思いました。その後、この話は当院スタッフ、地域内医療関係者が聞き、未来の地域医療に関してイメージを持つ必要があると確信し、講演会にお招きしました。

〜外資系IT企業から八幡平市での起業へ〜

AP TECH株式会社は岩手県八幡平市で2019年3月に設立しました。私自身は岩手県盛岡市出身です。大学を卒業した後、AppleやCiscoといったIT企業で長く働いてきましたが、岩手で暮らしている高齢の家族のことは常に気にかけていました。遠く離れた家族をIT 技術を駆使し簡単に見守るにはどうすれば良いのか、携帯電話が通じない地域が非常に多い地域での見守りを可能にするにはどうしたら良いかなどを考え、衛星インターネットやLPWAの技術を活用した携帯電話が通じない広範囲な地域までカバーした見守りの実現まで踏み込んで事業展開しています。

〜人口減という止められない課題から始まる医療福祉課題〜

岩手県は、四国とほぼ同じ面積がある日本一面積が大きい県ですが、人口当たりの医師数は第46位と深刻な医師偏在に悩まされています。
私達が現在医療確保のプロジェクトを行っているのが、八幡平市立田山診療所です。八幡平市は人口減少連続継続年数が60年継続、高齢化率は全国平均をはるかに上回っている地域。中でも安代地区は高齢化率52%と全国平均を大きく上回り、岩手県医師少数スポットにも取りあげられる地域です。

若年層の流出と合わせて、高齢者の見守りの担い手不足、医師の皆様も高齢化が進んでいることが現状です。IT技術を活用すれば、過疎地域における地域医療の課題を持続的に解決できるのではないかという仮説をもとに、八幡平市メディテックバレープロジェクトを進めています。
プロジェクトの取り組みに関しては、とうぎん情熱アシストの前編「IoTで高齢過疎地の見守り」のニュース映像(下記)をご覧ください。

〜画期的なプログラミングキャンプとの出会い〜

高齢の家族が遠方の岩手県で暮らしていたことと合わせて、私自身も東京で働いていた時に脳梗塞を発症し、後遺症が残りリハビリに大変苦労した経験がありました。
そんな2018年春にスパルタキャンプ(→詳しくはコチラ)の存在を知ります。スパルタキャンプとは、短期集中でプログラミングを学ぶ合宿で、受講生は合宿中は市が用意した宿泊施設に滞在できます。しかし、せっかくスパルタキャンプを通してプログラミングを勉強しても就職の受け皿がなくて離れていく人も多いことを知って、卒業生を雇用する仕組みの活用を視野に八幡平市での起業に至りました。スパルタキャンプがなければ、自宅のある東京で起業していたかもしれません。

〜母のために作った見守りサービスが全国で役に立つ〜

見守りサービス「Hachi」(→詳しくはコチラ)はApple Watchにインストールしたアプリを活用した見守りサービスです。Apple Watchの中にハチという名前の犬のキャラクターがいて、いつも見守っているというストーリー性を持たせれば、ご高齢の方も抵抗感少なく使えるのではないかと考え、起用しました。

私の母の事例になりますが、2年前、東京に10日ほど出かけている時にHachiから届く位置情報が全く動かない時がありました。心拍変動数が非常に低く、日頃の心拍数が非常に高いという状態が続いていて位置情報に変化がない。電話も出ない。何かあったと確信し、隣の方に電話をして見に行ってもらったら、腰の圧迫骨折で動けなくなり蹲っていたということがありました。このような経験もあり、万が一の時に簡単にSOSが送れる仕組みが必須と考え、今私達は製品開発を進めています。

今サポート時によく使う言葉として、「おばあちゃん、ハチ寝てるから起こして」という言葉があります。「アプリを起動して」と言っても、そもそもアプリという言葉が耳慣れない。しかし犬がいて「ハチを起こして」と伝えると、比較的すんなりと意味が通じます。現在、この見守りサービス「Hachi」の使用ユーザーは、平均年齢83歳を超えています。全国で数百人の方にご使用いただいておりますが、見守られる方には何もしない・させない、それでいて万が一の時には見守る人に情報が届く設計となっています。

〜市民のために、診療所をなんとかして継続させて欲しい〜

田山診療所について知ったのは、田村前八幡平市長から相談頂いたことがきっかけです。「僕は今期で八幡平市長を引退するが、どうしても田山診療所のことが気に掛かる。八幡平市立病院の統括委員長をお願いした望月医師に、田山診療所は常勤医師がいないから、週4日、午前中の診療を市立病院で終わらせた後に車で1時間以上かけて通っていただいているが非常にしのびない。Hachiを使えばどうにかできるのではないだろうか」とお話いただき、地域課題解決のためにスマート診療所の取り組みが始まりました

田山地区は秋田の鹿角市よりで、八幡平市立病院から往復すると移動だけで2時間以上かかります。また、八幡平市の中でも雪が深い地域であり、極寒期にはホワイトアウトして移動できなくなることもあります。しかし住民の方にとって医師の存在は非常に大きいです。移動時間がかかり冬場は移動が困難な過疎地域における医師不足解消に役立つ取り組みがスマート診療所です。

〜技術的にも経済的にも継続できる医療を

スマート診療所は、オンライン診療を軸にした診療モデルです。Doctor to patient with nurse と言われるリモートのオンライン診療の一つの形です。ただし、これは急性期の患者ではなく慢性期の患者を対象にした取り組みを指します。
バイタル情報の取得には「Hachi」を活用します。現在田山地区の方に「Hachi」がインストールされたApple Watchをつけていただきバイタル測定をしています。また、いずれは血圧や血糖値もウェアラブルデバイスで取れるようになりますので、それらも含めて情報を一覧で表示し確認できるように作ってあります。
Apple Watchは非常に頑丈に作られているので、お風呂の中でも使用できます。とにかく電源を落とさないように充電だけはかかさないであとは着けていただく。着けていただければアプリが自動でバイタル情報を届けるように作ってありますので。

〜現場をよく見て、合うようにITのパーツを組み合わせる〜

2022年1月24日に田山地区で行われたオンライン診療においては、望月医師の移動時間の大幅な短縮など、「Hachi」の技術や取り組みが大きく貢献していると実感を得ました。

と同時に、今回調査と実際の診療まで行うにあたり、スマート診療所の課題がいくつか見えました。課題は、技術的なものとそれ以外のもの2つに分かれます。

技術的課題
・電子カルテがインターネットにアクセス出来ない
・診療所WiFiは専用回線ではない

実は田山診療所の電子カルテはセキュリティ保護のため、インターネットにアクセスできない仕様となっています。これはある意味正解だと私は思いますが、このままでは診療後のカルテの記入ができません。専用線を引いたり、2重3重にセキュリティの仕組みを導入するのも実際難しい状態ですし、そもそも非常に使いにくくなります。
そこで、電子カルテPC自体はインターネットにアクセスできないことを前提に端末に二要素セキュリティ認証を導入し、看護師の方が医師の指示で代理入力する形にしました。専用回線や専用機器を使わずに、基本遅延0で高画質であって安価、かつ電子カルテがインターネットを出なくてもいいという意味での堅牢なセキュリティでオンライン診療の実現。セキュリティの仕様を担保しながら我々のHachiを用いた遠隔診療ができるようになります。
今後電子カルテ自体がクラウド型になっていくと、クラウドにある電子カルテのデータと我々の患者さん一人一人のバイタルの状況を相互にAPIで連携することによって、もっと簡単にできるようになると考えられます。

技術以外の課題
・オンライン診療は対面と比較し診療報酬が低い
・患者が対面診療でないことに不安を持つ

技術以外の課題の一つに診療報酬制度の障壁が挙げられます。現在の診療は対面診療が理想であり標準とされているため、比較した場合オンライン診療の診療報酬がある程度低いということはやむを得ない。故に対面診療が難しい場合のあくまでも補完として、とくに僻地での診療に関しては地域的な課題解決につながると考えています。特に医師・患者双方の移動時間の短縮につながることは明白です。

また、対面診療でなければと患者さんが不安に感じることもあるかと思われますが、今のところ実際にオンライン診療を体験して頂ければそういった不安がなくなるといったことを私自身は考えています。

〜継続性の鍵は患者の日常目線で考えること〜

実はHachiは遠隔診療ではなく遠隔の見守りからスタートしました。見守りは地域包括、医療は病院事業、と分けられがちですが、見守りの実現の過程でバイタルが取得でき、その品質を高くすることにより診療にも使える。本人の実用性も兼ねるから、継続性があります。
実際に田山地区では90代の独居の女性の方にHachiをお使いいただいていますが、問題なく使って頂いていて「非常に簡単だし安心だ」との評価をいただいています。ご自身としては使いこなしているという認識はなく、体温計の延長線上みたいなイメージでお使い頂いているのではないのかなと思います。

私たちは、予防医療に軸足を持って行きたいと考えておりまして、Hachiの技術を健康活動の促進へ生かす取り組みも実施しています。その一環で説明会や勉強会も定期的に開催中です。

↑Hachi活用中の様子

〜診療から予防医療と処方薬配送へ〜

今後の展望としては、1つ目は特に県立中央病院の皆様とは、岩手県で罹患率が非常に高い脳卒中の発症予測のAIを開発したいと考えております。私自身、脳卒中の経験者で、現在は日常生活に支障のない所までは回復はしましたけれども半年位は普通の生活ができないほど苦しみました。この経験も活かし、発症前のバイタルが乱れや環境データなどを含めたAI解析を実現したいと考えております。発症予測アプリの基本設計はもうほぼ終わっており、あとはNの数を増やすというフェーズに入っております。県立中央病院の皆様とお仕事ができればと考えております。

その他のプロジェクトとしてはLPWAを活用し携帯圏外の場所での取り組み。こちらも実証実験は終わっておりますので雪が解けたら、マネタイズ、事業化のフェーズに入りたいと考えています。

また田山地区での次のステップとして、処方薬を安代地区薬局から物理的にドローン配送することを今年行いたいです。こちらも技術的には何ら問題なくできるようになっておりますので順次勧めてまいります。皆様、ご清聴ありがとうございました。

〜岩手県でこそ、ICT活用は効果的〜

・沿岸等での専門医療維持に活用できる
血液内科を始めとした専門医は県内でも本当に数が少なく、医師が県内を奔走している。検査結果と日常状態が分かれば診療が可能な科であれば、診療の質を保ちつつ、将来も沿岸患者に専門医療を提供し続けられると思う。

感染症療養者モニタリングへ活用できる 
遠隔・リアルタイムで心拍等バイタルサインをモニタリングできる。刻一刻と変わり続ける感染症患者のモニタリングに非常に有意義だと思う。

予防医療活動へHachiを活用できる
日常のバイタルサインを測定し続け、発症時には発症前のバイタルサインを直前まで振り返ることができる。岩手県のような脳卒中死亡率が高い地域であれば、脳卒中発症予測を行い、治療介入を行う治療アプリ開発を行っていけると思う。

〜端末から医療政策まで何でも答えます〜
(答えは質問をクリックして動画をご参照下さい)

皆様、本日は遅くまで本当にありがとうございました。この講演会が地域の未来を考える一助となればと思います。ご質問は中央病院やAP TECHまでお問い合わせ下さい。